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2006年6月21日 (水曜日)

第3回

                  

                  3


Trrrrr
けたたましく鳴る電話の呼び鈴にがばっと反応して身体を起こす。
 下のダイニングで母親が受話器を取った様だった。外はまだ明るいと言うのにカーテンを閉め切り布団にくるまっていた。
 朝奈が学校に行かなくなってから幾日か経った水曜日、母親の勤め先が休みだったのもあっていつもは朝奈が出る電話も今日は気にしなくて良かった。
 ベットの上に座ってじっと動かず下の様子を伺った。数分のち電話を置く音が聞こえ、次に母親の泣き声が聞こえた。
 朝奈は慌てて階段を下りダイニングのドアを開ける。目に入ったのはテレフォン台の前で泣き崩れている母親の姿だった。
「どうしたの?!」
側に駆け寄ると肩を揺すりながら母親の顔を見る。
「ねぇっ・・どうしたの!お母さん!!」
その表情は意識が飛んで青ざめている、瞳からは涙が止まらずに溢れている。朝奈は意識を取り戻そうと強く肩を揺さぶった。
「あ・・・お父さんが・・・・」
ようやく蚊の鳴くような小さな声で答えた母の解答は朝奈にも大きいショックを与えた。


           お父さん・・・死んだって・・・・


 冷たくなった父親の顔を見ても自分の実父である実感が湧かなかった。ただ意味は分からないが何故かモヤモヤした気分が続いていた。
 
 17年ぶりに帰ってきた父親はそのまま棺に入れられ、略式ながらも通夜と葬式が行われていた。母親はあれから床に伏せたままだった。たとえ朝奈が産まれたときに蒸発した夫でも、やはりどこかに生きているかもしれないと言うことが母親を支えていたのかもしれない。
 動けない母親の代わりに親戚のおばさん達に助けられ、朝奈は初めての喪主を務めていた。
悲しいと言う気持ちは全く無かった。焼香に来る来客に事務的にお辞儀をしながら父親の写真を見ていた。その様子は端から見たら落ち込んでいる様に見えたのかもしれない。
 
 
母親の姉である玉田智恵子がそっと肩を叩いて、申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。
「朝奈ちゃん・・さっき外にいなかった?」
小声で囁かれたはずなのに朝奈の頭にハッキリと響いた。
その意味を理解する前に朝奈は部屋から飛び出していた。お坊さんの読むお経だけが聞こえる静かな部屋が一瞬ざわついたがまたもとの静けさを取り戻し死者を送るお経が続けられた。
 息を切らして裏庭に出ると人の気配は無く、夜空に月がくっきりと姿を映していた。その周りには雲1つ、星1つさえ見あたらず闇が朝奈を包んでいた。
 何度か辺りを伺うが何も感じられない。

「・・・もう・・・いない・・・?」

 あきらめて家の方へ身を翻すと、突然背中に視線を感じた。
そのまますぐに振り返りたかったが、なぜか身体が思うように動かない。音もない緊張の中背筋に汗が流れるのがわかった。

(後ろに・・いる・・・)

心臓はドクドクとまるで生き物の様に息づいている。
「あ・・あなた・・・・誰?・・・」
必死の思いでようやく言葉を口にだした。するとそれがきっかけだったのか後ろを振り返る事が出来た。
 決して丸ではない妖しく光月を背に、あの日の夕方に会った人物『もう一人の朝奈』が立っていた。
彼女はただじっと微笑んでいるだけだった。
「誰よ・・・あなた・・・」
恐怖で涙声になりながら叫ぶ。
 すると彼女はゆっくり一歩一歩朝 奈に近づいてきた。

動けなかった。鳥肌が全身を包み血管が波打つ。強く握った手のひらは汗でしめっている。
彼女はそっと手を伸ばすと朝奈に触れられる位置まで近づいている。
 身体が強張った。とても生きている様に思えない程の冷たい手を朝奈の頬に滑らすと、顔を寄せる。朝奈は蛇に睨まれた蛙の様に抵抗も出来ずされるままになっていた。 目も瞑ることは出来ずに近い目線がかさなる。朝奈を見つめる彼女の視線が微笑むとゆっくりと唇が動いた。
「私の名前は、真夜・・・もう一人の貴女・・・。」
クスクスと楽しそうにそう言うと、その唇はゆっくりと朝奈の唇と重なった。



 風が窓を叩く音で目が覚めると自分のベットではない布団の中だった。
母親が寝ている隣の狭い畳の部屋に来客用の布団で横になっていた。
「何が・・・・あったの・・・・。」
自分で何があったのかわからない。ただ『真夜』という言葉だけが頭の中にくっきりと鮮明に残っている。
朝奈は上半身を起こすと頭を強く振ってみた。

 リビングに戻ってみると智恵子が心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「朝奈ちゃん、大丈夫なの?」
「あ、はい・・あの・・・私・・・」
 なるべく平気そうに笑顔付きで答えると、少し安心したのか朝奈が庭で倒れている所を見つけたことを教えてくれた。
 そして『真夜』という名前も聞き覚えがないか聞いてみたが智恵子をはじめ親戚中、口をそろえて知らないと言うことだった。
 朝奈は自分に何が起こっているか解らない、ただもう人もほとんど居なくなった父親の遺影をじっと睨むように見つめた。
隣の部屋で寝ていた母親の声が聞こえた。なにか呻いているらしい。朝奈はもう何をすればいいのかさえ解らなく、途方に暮れていた。

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