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2006年6月21日 (水曜日)

第2回

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17年後
 安藤朝奈は学校の帰り友人とカラオケに行った後、帰路についていた。秋の始めともあってまだ7時近くなのにずいぶんと日が落ちていた。細い道には10m間隔に街灯が暗闇に小さな抵抗をしている。
 
 朝奈は、その何本か先の灯りの中に人の影を見つけた。その影は進でもなく、向かってくるでもなくただ近づく朝奈をじっと見つめていた。
 気持ちが悪いと思いながらもこの道を通らない事には家につけない。緊張のあまり早く歩きたいのに余計に歩みが遅くなる。
 一歩一歩近づいていく、やがてその人影の顔がはっきりと確認出来る距離まで来ると、朝奈は急に立ち止まった。止まったのではなくそこから動くことが出来なかった。 視線は目の前の人を凝視している。その相手の顔は自分と同じ顔をして立っていたのである。
 着ている服は違えども、腰近くまである髪も産まれたときからある口元のほくろまでも同じ顔が自分を見つめて微笑んだのである。
 その笑顔は嬉しさや楽しさを表す顔では無くどこか憎しみさえ感じる笑みだった。
 朝奈は恐怖でいっぱいになりながらもそこから逃げ出そうとしたが足が思うように動かない、気持ちばかり焦っている。足が絡む、転びそうになってバランスをとる時後ろを振り返ってしまった。だがそこにはもう人影はなくなっていた。
 朝奈は何が起こったのか分からなかった、だが今まで思うように動かなかった体がすんなりと自分の思うように動いた。身体の中で恐怖が蠢いている。朝奈はその場はから逃げるように家へと向かった。

 
玄関のドアを勢いよく閉め自分の部屋へ駆け込む。
 まだ母親は帰って来ていないようだっだ。何の音もない静寂の空気の中両腕に鳥肌が立っているのに気づいた。ブルッと身を縮めるとベットに潜り込んだ。全速力で走ったせいか心臓の音が耳のすぐ側で聞こえる、血液が氾濫した川のように流れているのを気づかせた

(あれは・・・ドッペルゲンガー・・・?)

 シーツを力一杯握る手は、汗で湿っている、心臓がドクッと大きく音を立てた。

(・・・・・もしかして・・・お姉さ・・・)

 そう思ったのは本当に突然だった。

(姉は死んだはずだ・・本当は生きていた?・・・)

 そう考えればさっきの人の存在理由が解る。自分と酷似した人間は存在する。だが母親が嘘を吐いているようには思えなかった。疑問が考えを呼び頭の中が錯乱し始めた、一人きりの時間が遅く感じた。

 どの位経ったのだろうか、玄関の閉まる音がして母親の帰宅に気づいた朝奈は布団から顔を出した。
 時計を見ると短針は8時近くを指している。朝奈にとっては何時間にも感じられた時間はいつもと同じ時間に帰ってきた母親によってまだたいして過ぎていないことを気づかされた。
 愕然とする気持ちをよそに聞きたいことがそれ以上にあった。逸る気持ちを抑えながら階段を駆け下りるとリビングには母親が笑顔で迎えていた。
 「あ・・・お帰りなさい・・・。」
母親の笑顔を見て少し動揺は収まったのか朝奈もニコリと微笑むとダイニングテーブルに近づいていく。
 自分ではキチンと笑っていると感じていたか他の人の目にはぎこちない笑顔だった。 「ただいま朝奈、どうしたの?」
 その様子に気づいているのか心配そうな顔でのぞき込んでくる。
 「あ・・・うん・・・」
 母の優しい心配そうな顔に落ち着きを取り戻しながら朝奈は母親に質問を投げかけた。
 朝奈の口からでた「姉」と言う言葉は母親に辛い思いをさせたのか悲しそうな表情を浮かべた。だが母の口からは、「お姉さんは死んでしまったの」 と言う言葉しか出てこない。
 それが朝奈を騙しているようには見えなかったのである。沈んでいく娘の表情をみて母親は今までした事がなかった父親の話を始めた。
 朝奈は産まれた時から自分に父親がいないのを不思議に思っていた。その理由を母親に聞くたびに悲しい顔をして口を噤む母にこれ以上は聞いてはいけない事なのだと子供心に思い、それ以降深くは聞くことは無かった。自分の父親は初めからいないものだと思っていた。
 その父親の話を母は刻々と始めたのだった。

 朝奈の父であり夏美の夫である安藤修二は製菓会社に勤める研究社員だった。
元々研究者気質と言うものなのか、夏美と結婚した後もあまり家には帰らず黙々となにかを研究を続けていた。
 夏美とは見合いで知り合ってそのまま結婚をした。修二にとっては世間体を気にしての結婚だったのかもしれない、夏美の方も大人しい性格だったので何も言えず静かな生活を送っていた。だが、夏美の妊娠という事で修二は少しづつだが家庭に近づくようになっていた。そして朝奈と産まれてくるはずだった子供の指が産まれた日、表情をあまり崩さない修二の初めての涙を夏美は見たのだった。それは感動の涙と思った夏美だったが、翌日修二は小指と一緒に夏美の前から姿を消したのだった。
 職場にも、友人の元にも連絡はなく17年経った今もどうしているのか解らなかった。ただ夏美は、死亡宣告を受け入れることはなくまだ”安藤”の名前のままでいた。

 
  テーブルに置いてあるカップは手もつけないまま冷たくなっていた。
 向かい合うように座っているが目線が合うことは無く、話終わった今も母親はじっと俯いていた。
 朝奈は声をかけるでもなく席を外した。シンとした部屋の空気の中にまだ収まらない自分の心臓の音が響いてきこえた。
 父親の話を聞いても疑問は消えることはなく謎ばかりが増大していく。本当はさっき見かけた女の人の話をしようかと思ったが、何も言わない母親を見て何も言えなかった。
 辺りはもう暗くなっている。朝奈はそのままベットに潜った。そのまま眠りの中へいければ良かったのだが、無理矢理眼を瞑っても、女性の姿が頭をよぎり、結局朝まで眠ることは出来なかった。
 

  その日の朝は母親に心配をかけまいと学校へ向かった。朝奈の心とは正反対に、水色の雲1つないハッキリとした空が広がっている。しかし朝奈は空を見上げることはなく、ゆっくりと重い歩みを進めていた。
 
 ふと気づくと同じ制服を着た人が朝奈を追い抜かしていった。
 そこでもうすぐ学校なのだとわかった。いつと同じ登校の風景が自分の心一つでこんなにも違って感じるものかと思った。
 自分以外の生徒がまるでモノクロの映画の映像様に存在自体が遠く感じていた。クラスの扉を開けると映画の世界は普段の雰囲気に戻っていた。
 ホッと安堵の息を吐くと自分の席へと向かい席に座ろうとした時、クラスで1番仲の良い太田衣子が挨拶と共に飛んできた。
 「はよ~。朝奈~。あのさ~昨日ーの夜ぅ~、朝奈何処に居た~?」
 机の前に両腕を着き見上げるような姿勢で朝奈を見る。語尾を延ばす様に甘ったるい声で話しかける友人の質問を不思議に思った。
 「なんで?」
 するりと出た言葉だった。少し身を乗り出す様な格好で衣子の問に質問で答える。
 「え~。昨日ーねぇ~、8時頃まで~学校に~残ってたのぉ~。そしたら~、朝奈らしき人、見かけてぇ~。」
 「えっ、私?」
 驚くのは当然だった。昨日は友人とカラオケに行った後、そのまま家に帰ったのだから・・・・。
 「そぉ~。でもー朝奈、友恵達と帰ったでしょ~。だからぁ~、不思議に思ってぇ~・・・・」
 衣子の話はそれ以上耳には届かなかった。治まっていたはずの心臓が又大きく鼓動を始めた。

(一体・・・誰なの・・・・)






 秋の色が濃くなり朝夕だけでなく昼間ふく風も冬の香りが漂う中、朝奈はノイローゼ気味になってきていた。どんなときにでも精神を研ぎ澄ませ、休んでいる暇を与えない・・・。
クラスで席に着いていても誰とも話そうとせず静かに座っているだけだった。
 時々衣子などが話しかけるが自分の殻を破ろうとはしなかった。
 どうしたのかと問いただしてみても何も言わず涙目になりながらジッと机の上を見ているだけだった。
 衣子が何週間か前に見たと言う『もう一人の朝奈』らしき人物はあれ以来、頻繁に現れるようになった。
 その人物は直接朝奈の前に姿を見せるのではなく、友人、先生などの前でまるで自分の様な振る舞いをしているらしい。
 周囲の人も朝奈の別人がいるとは思わず、彼女を朝奈本人として扱う。友人同士の間で約束が勝手に反故されていたり、会話がかみ合わなくなってきていた。そのせいで朝奈の頭は錯乱状態まで陥っていた。
 以来『もう一人の自分』の存在を考えると怖くて何も出来なくなってしまった。
(一体・・誰が、何の為に・・・こんなことをしてるの?・・・)
 次第に朝奈は学校にも行けなくなり、部屋に閉じこもる様になった。

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