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2006年6月28日 (水曜日)

第9回(3)

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               9-3

雨が上がったあとの少し水くさい空気が嫌に鼻についている。周りに茂っている木々は光を水滴で反射させて、輝いているようにみえた。
少し進ときっと昔は真っ白だったと思われる大き壁が見えてきた。朝奈はゆっくりと近づいて、入り口の前にたった。
 すこし躊躇う様に二三度彷徨いた。その様子に気付いた受付の看護婦が、中に入るように促した。
「あの・・・・・・。」
顔を伏せて蚊の鳴くような声で話しかける。
「どうしたの?」
決して若くない看護婦は慣れたように優しく聞いた。
「どこか痛いの?」
「あの・・・・八巻先生に・・・。」
「八巻医院長?にご用ね?ちょっと待ってて。」
顔を伏せたままの朝奈の対応にすこし困りながらも、看護婦は奥の部屋へと消えていった。
 朝奈は近くにあった長椅子に座ると、ホッとしたかのように、 肩の力を抜いた。

 しばらくして、さっきの看護婦が戻ってきて八巻の元に案内をした。診察室と書かれた部屋のドアを開けると、余計に消毒液の臭いがした。目の前には白いカーテンが引かれていた。その奥に人影が映っている。
「どうぞ。」
朝奈はカーテンの切れ目から部屋の中に入っていった。
 大きな窓の前に60才くらいだろうか、白衣を着た老人が座っている。その顔は皺を深く刻んでいる。
 老人・・八巻はあまり変わることのない顔で微笑むと朝奈を自分の前の椅子に座らせた。
「今日はどうしたんだい?」
朝奈はとまどうように八巻の顔を見たあと、黙り込んでしまった。その様子に少し困りながらも八巻は話を繋げた。
「・・・君は此処で産まれたんだよね。君の事は覚えてるよ。お母さんは安藤夏美さんだよね。お母さんは元気かな?」
「はい。・・・あのどうして・・・」
自分の名前も言っていないのに、自分の事を覚えていた事に感し驚いていた。
「小学校の時に一度遊びにきただろう、変わってないね。でも、顔色は悪いかな。なにかあったのかい?」
気を紛らわす様に微笑みながら話しかけてきてくれる八巻に安心して朝奈も、顔を上げた。
「君は僕が取り上げたんだよ。覚えてるかな?まあ、覚えてたら怖いか、ハハハハハ」
「はい」
冗談に笑える様になって気が大分落ち着いた朝奈は八巻に聞きたかった事を質問した。
「あの・・・」
「なんだい?」


 少し開いた窓から風が吹き込んで、入り口のカーテンを揺らしている。窓枠に当たる風の音だけが部屋の中に響いていた。
 しばらく沈黙が続いた後、先に口を開いたのは八巻の方だった。
「そう、お父さん亡くなったんだ・・・。」
「はいそれで、私と一緒に産まれて、死んでしまったという、姉の話を聞きたくて、そのころの事を知ってるのは先生しかいないんです。母には聞けないし・・・。」
目の下にくっきりクマをつくり、やつれた様子の朝奈から聞いた『真夜』の話は信じがたいものがあったが、彼女が冗談を言ってい様には見えなかった。

 八巻は深くため息を一つ吐くと、朝奈 が産まれた時の話を始めた。もともとは双子だったこと、しかし片方は成長の途中で消えてしまった事、そしてその子の指らしきものが朝奈と一緒に産まれてきたと言うこと、その指をもって、朝奈の父親が失踪してしまったという事。
 八巻は自分の知っていることを一つ一つ話していく、朝奈の方も一言一句逃さないように聞きかじるが、およそ重要なヒントとなるような答えは返って来なかった。
 看護婦の持ってきたオレンジジュースのコップは表面に水滴を作って汗をかいている。氷がカランと崩れる音を立てて動きをかえるた。
 八巻はそのジュースを勢い良く飲み干すといくらか小さくなった氷を奥の歯でボリボリと音を立てて食べると、ふと思い出した様に朝奈を見つめた。
「んじゃ、子供ン時お父さんと挨拶に来たのは君じゃなかったんだな・・・。」
「え?・・・・・。」
「さっき言ったろ。小学くらいン時遊びに来たって、お父さんの方と一緒に来たんだよ。でも、あれは君じゃなかったんだな~。」
頭をボリボリ掻くと少ない髪の毛がくちゃくちゃになった。
「父は此処に来たんですか?」
「ああ、あのときの子がこんなに大きくなりましたって・・・。」
「真夜・・・・・。」
朝奈はジッと見ていた八巻の顔から視線を外すと風が入り込んでくる窓の隙間からのぞく景色を見た。
 窓の外では濡れた緑の葉と茶色い葉が風に揺れていた。

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